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報告要旨 牛島万(2023年8月18日)

九州スペイン研究会 2023年後夏季研究大会要旨(2023年8月18日 久留米大学福岡サテライト)

プエルトリコ音楽レゲトンにみられるアフロ性の探究をめぐる問題

                           牛島 万

 

レゲトンは、ジャマイカのダンスホール、パナマのスパニッシュ・レゲエ、さらに米国のヒップ・ホップ、ラップの影響を受け、それにプエルトリコ独特の要因が絡んで1980年代後半から末にかけて生まれたと見られる。しかし、その起源は必ずしも定かではない。その理由は当初は反政府的なアンダーグランド文化であったからである。Nando BoomやEl GeneralのMuéveloの曲を聴いてもそれがレゲトンの原典とは受け取れないであろう。むしろレゲエかジャマイカのダンスホールに近いものを感じる。しかも歌手も奏者も黒人系である。必然とブラックネス(アフロ性、黒人性)の要素を視覚的に感じる。他方、別の見解としてほぼ同じころ、レゲトンのスパニッシュ・ラップをプエルトリコではじめたとされるVico CあるいはBig Boyがレゲトンを開花させたという考え方がある。彼らはレゲトンの父や生みの親という評価を受けている。しかしいわゆる一般に認識されているレゲトンとは違う要素を含んでいる。例えば、Vico Cはまさに米国の黒人ラップのスペイン語版であり、Big BoyのMaríaを聞けばレゲトンらしい萌芽的な要素は含まれているが、別の曲ではスローで音色や歌詞からロマンティカのジャンルに入ると思われる。

ではレゲトンの真の意味での起源はどこにあるのか。通常、レゲトンが国際的に爆発的な人気になったのはDaddy YankeeのLa Gasolinaであったと言われている。これがリリースされたのが2004年のことであるので、すでにかれこれ20年が経過している。Vico CあるいはBig Boy、またDaddy Yankeeがレゲトンの創始者とする見解のなかですべてに共通しているのは歌手が白人であることである。
さて、今回の発表の趣旨は、レゲトン音楽のなかにどれだけのブラックネスの要素が含まれているのかという点を検討することにあった。ここで考えられるブラックネスとは次の点である。音楽とその周辺にある文化性や歴史性までを分析の範疇にすると、①音楽的要素(リズムパターン、歌唱方法、楽器、歌詞内容、ダンスなど)、②レゲトンの発祥地であるとされるプエルトリコの歴史、文化性(カリブ海史における黒人およびアフロ系文化の存在、人の移動の歴史、カリブ海域内の人の移動や交流、米国黒人および黒人文化との接点など)が考えられる。以上の観点を取り上げただけでもブラックネスの音楽性や歴史文化性は明白である。かりにこれらのブラックネス的要素が容易に認められたとしても、ブラックネスの政治化にまで言及できるとは限らない。レゲトンが誕生したとされる1990年代のプエルトリコではcaserío(低所得者用公共団地)に代表される若年層の貧困と犯罪、mano duraに象徴される反社会的な若者に対する政府の強権政策(反ポルノ政策もこれに含まれる)が問題になっていた。レゲトンの大きな特徴の一つであるperreo(男女が互いの身体を接触させる舞踊形式)は、性的表現として受け取られることが多い。そのため、当初レゲトンはアンダーグランド化されていた。この意味でブラックネスは政治的な意味を含蓄しており、このアウトロー文化はまさに反政府的抵抗の表象であったとされるのが従来の学説である。そうなると、レゲトンの政治性は同様にブラックネスの要素を有していると考えられる。

加えて、レゲトンは時代の流れとともに変化が見られ、La Gasolinaは「古いレゲトン」として位置づけられている。では、新しいレゲトンとは何か。一つはレゲトンのポップス化である。つまり、レゲトンの大衆化である。これによって、レゲトンのブラックネスは弱まったと学説的に言われている。レゲトン歌手や奏者を見てみても、白人が主流で、その消費者もしかりである。ここに、今日レゲトンのブラックネスを認知することが難しい要因が見てとれる。
しかし感性や感覚という側面から見た場合、レゲトンの大衆化(ポップス化)に伴い、音楽が純粋に娯楽文化という感性や感覚でとらえる、とりわけ発信者(レゲトン歌手や演奏家)ではなく、受け手(消費者)に立って考えた場合、従来の学説と明らかに現状の乖離が見られることになる。そこで、文化人類学的な研究手法である聞き取り調査やアンケート調査に基づく消費側の感性や感覚に関する分析が必須であると考える所以である。すでに8月下旬、当大会の発表後すぐにプエルトリコへ渡航し、プエルトリコ大学の学生を中心にアンケート調査を実施した。その結果分析はまだ途中で、現時点で公表できる段階に来ていないが、筆者の仮説は概ね的を射ていることがわかった。少しだけここで言及しておくと、学説にあるブラックネスの音楽的要素を認識しつつも、プエルトリコ人として、また白人として、あるいはより自己の身体とそれが置かれている生活環境に密接である、希望や勇気、フラストレーションの解消などにベクトルがより向けられていることが調査結果から読み取れる。ちょうど今年5月末に京都外国語大学の私の学生200人を対象にプエルトリコ調査の予備調査を行った。そのときに筆者を落胆させたのは、純粋にレゲトンの歴史とその代表的な音楽を何曲か選曲して聞かせ、従来の学説であるブラックネスの話は一切せずに、歌詞内容を説明するにとどめた。それは学生たちに先入観を調査前から与えたくなかったからである。その結果、ブラックネスに関する回答をしたものはほぼ皆無であった。ちなみに偶然にもこれらの学生の中には明らかにその身体的特徴からして黒人系(あるいは日本人とのハーフ)と見られる学生が2,3人含まれていたことを追記しておきたい。他方、別の学生は、レゲトンのことはよくわからないが、自分は米国の黒人のあるラッパーが好きでその人が身にまとっているファッションを好んで身に着けていると私に語った。確かに彼が身にまとっているのは典型的なラッパーのスタイルであった。しかし、続けてその学生が私に教えてくれたことが驚きであった。自分は憧れのその人のファッションに関心があるだけで、彼のラッパーとしての音楽世界にはまったく興味がないと言い放ったことであった。

以上の経緯があって今回急遽、九州スペイン研究会が発表者を募集していたのが目にとまり、迷うことなく応募した。ぜひ筆者は以上の点をプエルトリコ調査直前のこの段階で、問題提起し、出席者の率直な反応を知りたかったのである。畠中昌教氏(久留米大学)とは事前の打ち合わせで旧友の椎名浩氏(熊本学園大学)とともにリモート上でお会いしていたものの、当日が初対面であったが、幸いにして、氏のご専門領域の人文地理学の立場から文化地理学を含めた離接する学問諸分野による総合的検討の必要性についてご教示をいただけたことは、不勉強な筆者には、目から鱗が落ちた気持ちになったほどである。改めて氏に感謝申し上げる次第である。

謝辞:本文で筆者が言及しているプエルトリコへの研究調査は、JSPS科研費JP21K18363の助成を受けたものである。

 

参考文献
牛島万「プエルトリコにおける文化的ヒスパニック性とブラックネスーペドレイラの『島嶼主義』からパレス・マトスのアンティル主義へ」『京都外国語大学ラテンアメリカ研究所の現在』(電子出版)https://www.kufs.ac.jp/ielak/publications.html
牛島万(コラム)「人種を乗り越えることはできるのか」住田育法・牛島万編『南北アメリカ研究の課題と展望―米国の普遍的価値観とマイノリティをめぐる論点』明石書店、
2023年。
金澤智『ヒップホップ・クロニエル』水声社、2020年。
栗田知宏『ブリティシュ・エイジアン音楽の社会学 交渉するエスニシティと文化実践』青土社、2021年。
I・ウォマック『アフロフューチャリズム』ファイムアート社、2022年。
S・ケルシュ(佐藤正之編訳)『音楽と脳科学―音楽の脳内過程の理解をめざして』北大路書房、2016年。
Godreau, Isar P., Scripts of Blackness, Race, Cultural Nationalism, and U.S. Colonialism in Puerto Rico, University of Illinois Press, 2015.
Giovannett, Jorge, “Música caribeña y narrativa histórica en Jamaica y Puerto Rico: reggae, rap, y reguetón,” en TEMAS, no. 52: 34-44, octubre-diciembre de 2007.
Negrón Torres, Bryan, “¿De dónde y cuándo aparece el reggaetón?: Un análisis al surgimiento del reggaetón en Puerto Rico a través del concepto de relación espacio—temporal de Mikhail Bakhtin,” Universidad de Puerto Rico, Recinto de Río Piedras, Facultad de Ciencia Sociales, Programa de Maestría en Sociología, 2018.
Rivera-Rideau, Petra R., Remixing Reggaetón, The Cultural Politics of Race in Puerto Rico, Duke University Press, 2015.
Rivera, Raquel Z., New York Ricans From the Hip Hop Zone, Macmillan, 2003.

 

 

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