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報告要旨 富田広樹(2017年8月10日)

2017年度夏季研究大会報告要旨(2017年8月10日 北九州市立大学)
偽作者の詩学
―ホセ・デ・カダルソの『鬱夜』とそのパラテクスト群―

                                                                                富田 広樹

スペイン・ロマン主義文学の草創期における代表的な作品のひとつであるホセ・デ・カダルソの『鬱夜』(邦訳は『モロッコ人の手紙 鬱夜』富田広樹訳、現代企画室、2017年所収)は唐突とも思われる結末を有する。それゆえにこの作品をめぐっては、作者自身によっては完成したものとして扱われているにもかかわらず、物語のさらなる続きとその結末を知りたいと願う読者の覚えた欲求不満、19世紀を通じて勃興する出版業界の商業的な野心とによって、作者の死後さまざまなパラテクスト(共存・平行するテクスト)が生成されることとなった。すなわち、偽作者による物語のつづきや新たな結末、作品成立の経緯をめぐる怪文書、そして突然の中断にまつわる弁明と創作の後日談を知らせる序文や結びといったテクスト群である。本発表ではその発展段階と傾向を概観し、19世紀の読者の欲望を逆に浮き彫りにすることを目的とした。
はじめに作品が不完全、すなわち未完であることをことさらに強調した時期があり(19世紀初頭)、つづいて新たに「第三夜のつづき」が発見されたとする時期(1815年)がある。この「つづき」では作品に教訓的な意味合いを与える企図が確認される。また手稿のレベルではこの「つづき」にさらなる「結末」を付したものが見られるが、そこにも同様の企図が見られる。さらに1817年には新たに発見されたとする「第四夜」があらわれるが、物語の主人公が恋人の亡骸を盗み出してその傍らで自死を遂げるという当初の企てを完遂するという先の「第三夜のつづき」とは正反対の結末が用意される。また同時に、カダルソの親しい友人が作成したという体裁の報告(「M. A. の手紙」)が作品中の出来事は現実に起こったことであるとして、作品の伝記的な解釈を助長するようになる(ただしこの文書の成立年代はより以前に遡ると思しい)。これによって主人公と作者カダルソとを同一視する読みが広がり、ついには1847年『彼自身によって書かれた、ドン・ホセ・カダルソ大佐の愛の物語』という副題を持つ版があらわれることとなる。いっぽうで1828年には贋作であることを明言しながら、あらたに『鬱夜』の第二部を収めた版があらわれ、この作品は同時代好みのトピックのひとつに転じてしまう。
カダルソの『鬱夜』という作品は19世紀のうちに40を遥かに超える版を数えることとなるが、以上のとおり、読み手の欲望を掻き立て、かつまた読み手の欲望に翻弄され、歪められながら伝播したのである。

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